。僕は面倒くさいから、ただ葉書一枚、どうせ僕のような小説家の友人だから、それを以て勝手に想像してくれ、よく知らんと、それだけ返事をしておいたが……どうだろう。わるかったら訂正の労を惜しまないがね。」
長谷川はチーズをかじり、ビールを飲んでいたが、石山の前にあるウイスキーの瓶に手を伸し、それをビールにまぜて飲んだ。石山の茶化しきった話よりも、千代乃から来た手紙の方が頭に一杯になっていた。細字でぎっしりつまってる幾枚もの紙片が、眼にちらついた。彼女の手紙は、彼女のいつもの話しっぷりと同様、率直であけすけだが、その底に、容易ならぬ決意の籠ってるのが観取されるのである。
「実は、あの千代乃というひとのこと、君に少し聞きたいと思ってたんだ。」
「どういうことだい。」
「いや、どういうひとかと……。」
「どういうひとって、そりゃあ僕にはよく分らんね。まあ、多少ロマンチックで、多少片意地なところもあるらしいし、それだって、三十前後の女はたいていそんなもので、その程度だろうよ。」
「しかし、君はいつかの手紙に、僕があちらに行ってた時のことだが、別館にこれこれのひとが留守居をしていて、少し変り者だが……と書いていたじゃないか。」
「そうだったかね、よく覚えていないが、単に文章の調子だろう。責任を持たんよ。実際、よく知らないんだ。しかし、おかしなことになったものだ。僕はちょっと君に注意しとくだけのつもりだったが、君の方から、僕に聞きたいことが多そうじゃないか。まるであべこべだ。」
石山は長谷川の方を探るように眺めた。
「実は、君にこの頃、恋人でも出来たらしいと、ちらと耳にしたことがあったが、僕は気にもとめなかった。すると、相手はあのひとだね。東京に出て来たのかい。君を追っかけて来たんだね。ねえ、打ち明けろよ。そんならそれと、松月館への返事の書きようもあったんだが……。」
「いや、さっきの通りの返事でいいんだ。」
長谷川はもう度胸をきめた気持ちになっていった。
「僕たち二人の間だけのことだ。ほかの者はどうだっていい。愛し合ってるんだ。いけないかい。」
「驚いたね。そんなこと、いけないかって、聞くやつがあるもんか。まあ落着いて、差支えない程度、僕に打ち明けてみないかね。」
「別に打ち明けることなんか、なんにもない。愛し合ってるだけで……ただそれだけさ。」
長谷川はなにか腹が立ってき
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