強くその手を握って打振った。
「おやすみ。」
晴々とした気持だ。
その気持が、翌日までも続いていた。彼が起上ると、彼女はもう早く起きて、朝の掃除にかかっている。彼を見て、一寸眩しそうに笑うのだ。お掃除がすんだらすぐに出かけるんだと云う。それを連れて、彼はアトリエの次の室にはいっていった。目には立たないが、隅々まで妙に綺麗になったようだ。そのお礼に、何かしなくてはなるまい。それを彼は考えあぐんでるんだ。少なくとも彼女は、全く小間使同様に働いてくれた。品物では見当がつかないし、金銀ではいけないかしら?――そんなことだめ、と彼女は断然ぶちきってしまった。労働というものは、報酬を要求すべきではない。報酬を要求するからいけないのだ。その代り、生活は誰にでも与えられるべきだ。彼女は働かなければいけないから働いたのだ。食べたいから食べたのだ。室があいてるから泊ったのだ。労働は万人の義務で、生活は万人の権利だ。そういったことが、また彼女の頭のなかにはびこってしまっている……。
「こんど、コスモスで、チップに頂くわ。それまでお預けよ。……でも、困っちゃったわ。こんど来る時には、花火をどっさり持ってく
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