も、真面目くさった先日の彼女も、その中に融けこんでしまう……。彼はそっと、彼女の両脇から手をまわして、胸に抱きしめてみる――抱きしめてやるのだ。彼女はじっとしている。眼をあいて、天井の片隅に視線を休めている。何を考えているんだ? 横顔の頬が無心で、上唇の鼻下のみぞが、深くきれて、不幸な運命らしい。でも、今、彼の腕のなかで、安らかな呼吸をしている……。彼の唇が、彼女の唇の方へ寄っていく……。瞬間に、彼女は飛びあがってしまった。
 彼は寂しく微笑した。
「御免、御免よ。そんなつもりじゃなかったんだけれど……。」
「うん、いいの。」
 腑に落ちた様子で――何が腑に落ちたのか?――晴れやかな笑みをもらして、後ろ向きに、また彼の膝にとび乗って、伸びをしたものだ。ハドスンも相互扶助も、どこかへいって、淋しそうな彼女だ。そして、着物ごしにも、温い彼女だ。何にも云うことがなかった。
「さあ、もう遅いよ。寝よう。」
「まだいいの。」
「だって、いつまでこんなことしてたって、仕様がないじゃないか。」
「そうね。」
 彼女は彼の膝からとび下りて、片手を差出した。何の疑念もまた欲望もない、大きな目付だ。彼は力
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