な赤みがさし、目玉は昨日よりも更にどんよりとしていた。室の方を見ると、雨戸もすっかり開け放たれ、波江は鏡台に向って髪をとかしていた。
東の水平線に或る高さまで雲がかけていて、その上から、太陽が覗き出したところだった。今村は寒そうにこまかく震えながら、朝日の光の中にちぢこまり、穏かなそして鳥肌だったような海の上を、ぼんやり眺めた。鴎が数羽飛んでいた。
俺は静に話しかけてみた。
――いい朝ですね。
没表情な顔で、返事はなかった。
――どうでした。成功でしたか。失敗でしたか。
意味がよくのみこめないらしかった。
――寒いんですか。
――寒いようだが、朝日は暖い。
――昨夜、よくねなかったんですね。
ちょっと眉をあげて、考え深そうな眼付をした。
――波江さんから、いじめられたってわけですか。
白痴めいた薄笑いが口許に浮んだ。
――どうです、今でもやはり、波江さんを愛していますか。
――分らない。ただばかに淋しい。
――淋しい?……へんですね、朗かになる筈じゃなかったんですか。
――力がないんだ。身体に……精神にも……。
――ひどく常識的ですね。まあ歩し[#「歩し」はママ]、歩きませんか。元気が出ますよ。
それでも、じっと蹲ったまま身動きもしなかった。
――ごらんなさい、いい天気ですよ。も少し太陽がのぼると、靄も消えてしまって、うららかな春の日になりますよ。どうしたんです、いやに考えこんで……。綿布商人の妾なんか、蹴飛しちゃいなさいよ。
――そんなものは、とっくに蹴飛してる。だが、僕の胸の中にあったのは別なものだ。僕の考えは的を外れてたようだ。
――そんなら、あんなばかげたことをやったのも、みな無駄だったんですか。
――無駄ではない。僕は自分自身を軽蔑することを知った。
――つまり、生きてるのが嫌になったんですか。
――いや、こういうところから却って、生きてるのがしみじみ嬉しくなるだろうと思う。
そういうことになってくると、俺には面倒くさくって、勝手にしろという気になるのだ。俺が知りたいのはもっと肝腎なことだが、今村の考えは他の方に向いてるらしかった。
――少し歩きませんか。そんな風にしてると、自分自身から軽蔑されるばかりでなく、波江さんからまで軽蔑されますよ。
今村の心には通じなかったらしく、黙ってじっとしていた。俺はつ
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