か分らないが、とうとう口説き落されて、二十も年齢のちがう黒川さんのところに、而も後妻に、嫁にいった。するうちに、黒川さんの放蕩は次第に露骨になってくる、実家は政治関係の負担で、破産に近い状態となり、黒川さんにも可なりの迷惑をかける。そんなこんなで、波江さんは福岡から東京に出奔してきた。東京に叔母さんがいた。二人して、日本橋の裏通りに小料理屋をはじめた。初めはどうにかいっていたが、叔母さんが死んだりして、其後店もうまくいかない。もう三十にもま近くなっている。そこで平賀さんから、うやむやのうちに、補助を受け、世話を受ける、というようなことになってしまった。それだけのことで、別に不思議はありませんやね。
表面だけを辿れば、世間のこと万事、不思議はありませんが、裏面に、へんてこな心理の綾ってものがあるんですね。先年、あなたが郷里の福岡に帰った時、波江さんと、母を通じて知りあいになり、当時、波江さんには、まだ女学生の匂いが残っていたし、黒川さんとの結婚談に悩んでいた時だし、あなたも純情だったし、そしてあのお盆の燈籠流しの晩、どういう風の吹き廻しか、二人でキスしましたね。それきり、こいつは私の気に入ったことだが、あなた達はさっぱり別れてしまった――あなたは東京に戻ってくるし、波江さんは結婚してしまった。ところが、波江さんが東京に出て来て、小料理屋をはじめてから、波江さんはあなたに手紙を出すし、あなたはいそいそとそこに出かけていったものですよ。その時あなた達の再会の場面は、私は見そこなったが、どんなでした? 面白かったですか、酸っぱかったですか。
波江さんも変っていましたね、丁度女盛りではあるし、さんざ苦労をしてきながらも、明るくてのんきで空想的で、また大体世の中を知っているだけに、常識的だが理知の閃めきもあり、客との応対も手にいったものでした。云わば半ばしか堅気の風格は残っていませんでしたね。さすがは、根が料理屋の娘だし、南国の女ですね。それに元来、堅気の世帯くずれの女ってものは、一度解放されると、特殊な面白い点が出てくるものですからね。しまいには、お客さんといっしょに、待合やバーに飲み歩いてたじゃありませんか。
あの店は、波江さん一人でもってるようなもので、波江さんがいないとつまりませんね。大体が陰気だし、酒は普通だが、料理はつまらない。博多の本場風だといってる鶏の水た
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