、翌朝になると、しかつめらしい顔付でむっつりしていましたね。あんなのは女に嫌われますよ。どうしたんです? 良心というか、矜恃というか、何かがそこなわれでもしたんですか。そんなら初めから行かなければいいんです。行った以上は、そして明確な意図を以て遂行した以上は、翌朝になって何を不快がることがありますか。
今日午後、あなたは見当り次第の銭湯にとびこみましたね、広い流し場で、客は一人きりなく、午後の日脚が硝子戸からさしこんで、湯気がほんのりたっていました。その日向のところへ、湯壺から出たあなたは身体をなげ出して、胸や腹や手足の肉体を、ぼんやり眺めていたでしょう。ああして見ると、あなたの肉体もちょっと綺麗ですね。女の肉体よりも、男の肉体の方が、湯上りには恐らく美しいに違いありません。あの時あなたが、前夜接した女の肉体のことを考えていたのなら、眉をしかめても当然なわけですが、あなたは却って、何かうっとりとしていましたね。放蕩というものは、そうしたもので、醜い女の肉体に洗い清められて自分の肉体が益々美しくなるのです。またあの時、ちらとでも、あなたが波江さんの肉体を美しく想像したとすれば、とんでもない間違いですよ。波江さんの肉体なんか、あなたが知った女のそれよりか美しいわけはありません。白粉のつきのわるいあの顔の皮膚から考えても、分るじゃありませんか。
あなたは自分の肉体をうっとりと眺め、それから硝子戸越しに、うすく霞んだ空の一隅を、眩しそうに眺めていましたね。あの時、何を考えていたんですか? ずいぶん長くたってから立ち上ると、両腕を伸したり曲げたり、体操のまねみたいなことをやり、二三度でぐったりして、また湯にはいり、頸筋を湯壺のふちにもたせて、仰向にぷかりと、死人のように浮いていました。お蔭で、あなたの身体は、すっかり脂気もぬけ、力もぬけて、骨までもくたくたになったようじゃありませんか。それもあなたの意図の一つだとすれば、よい思いつきでしたよ。
ただ一つ私の腑におちないのは、湯屋を出て少しぶらつき、髯を剃らせ、洋食屋で軽く食事をすますまで、あなたはのんびりと落着いていたのに、夜になると共に、苛ら立ったような風が出てきたことです。バーに立ち寄っても、すぐに出て来たじゃありませんか。何をいったいじれているんですか。まさか、後悔したというわけじゃありますまい。あなたの顔は、表皮
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