、しきりに意見を闘わしていた。
「わたしだったら、ばかばかしくて、やめてしまいますよ。」
 奥さんは吐き出すように言った。おばさんはそれに反対した。
「いいえ、はたからはどう見えようと、ほんとうに、お互に好きらしいんですよ。」
「でも、あまり見せつけがましくて……。少し慎んで貰いたいものですね。」
「陰でこそこそしないで、おおっぴらなところが、いいじゃありませんか。」
「若い人たちならとにかく、いい年をして、なんでしょう。」
「だから、却って美しく見えますよ。」
 そんな話から、だんだん細いことに及んでいったので、私にも、内山昌二と山田朋子のことだと分った。
 二人の噂は、もう、近所で知らぬ者はないぐらい拡まっていた。内山は画家として一風変った独身者だったし、朋子は海軍士官の未亡人で、気質も生活も真面目すぎるほど几帳面だったので、その二人が愛情的に結ばれたとなると、而もいい年をしてそうだとなると、これは興味ある話題に違いなかった。その上、二人の行動は世間体を無視してあまりにおおっぴらで、人目についた。
 私が峠の茶屋と呼んでいた中華ソバ屋に、彼等二人は毎日のように現われた。そして皆がソバを食べてる中で、昼間から酒を飲んだ。内山は銭湯のための手拭や石鹸箱を持ってることもあり、朋子は買物籠を提げてることもあり、また時には、別々にやって来てそこで待ち合せたように見えることもあった。暑いうちは表の硝子戸が開け放しなので、通りがかりの者にも二人の姿は目につかない筈はなかった。
 それでも、初めのうちは、単なる交際に過ぎないと、無理でも思えないこともなかったが、後には次第にひどくなった。ほかで飲んで二人とも相当に酔って、ぶらりと峠の茶屋にやって来て、また飲み直し夜遅く帰ってゆくこともあった。内山が泥酔して、焼跡の雑草の中に蹲まり、星を眺めながら訳の分らぬ歌を口ずさんでる側に、朋子がじっと附き添ってることもあった。峠の茶屋ではたいてい、内山は百円札を何枚か袂に入れていたが、飲みすぎて金が足りなくなると、朋子が金を取りに自宅へ駆け出して行った。朋子はもう内山のところに入りびたりだとの説もあったが、真偽はとにかく、内山の身辺の世話は、女中任せでなく、朋子が指図していることは確実だった。
 そのようなことに対して、世間の厳しい批判の眼が向けられた。内山は男だけに、直接には何も聞かなかったが、朋子が主として矢面に立った。
 二人は焼跡の草原などで媾曳をしている、という説があった。――これは最も事情を知らない者の放言だった。
 内山は元来、金を使わずに女をまるめこむことが巧みで、朋子を手玉に取っているのだ、という説があった。――私もそういう意見を聞かされたことがあるが、これは明かに悪意ある中傷だった。嘗て内山が、無理算段をしながらさんざん芸者遊びをしたことがあるのを、私は知っていた。
 朋子はただ単に利用されてるだけで、用心しないと遂にはひどい目に逢うし、内山に真の愛情などあるものか、という説があった。――これは前説の延長であって、悪意ばかりでなく一種の嫉妬の念も交ってるものだった。
 朋子は生一本な性情なだけに、なんだか夢中になってるようだが、よくよく注意して進まないと、あとで取り返しのつかないことになって、とんだ汚名を着ないとも限らない、という説があった。――これは彼女の身を案ずる親切な意見で、必ずしも内山を対象としたものではなく、正常な再婚を希望する意も含まれていた。
 朋子は金に吊られていて、月々いくらかの仕送りを受け、まあ生活はこれまでよりいくらか楽だろう、という説があった。――これは無関心な常識であって、峠の茶屋のおばさんが最も強硬に反対し、また、内山が時には飲み代にも窮してることがあるのを見ても、真相に遠いものだった。酒代は貸しにしてもよいとおばさんが言うのに、殆んど借りたことがないのも、朋子の援助によるものだったらしい。
 火遊びなのかまたは真剣なのか、あの二人の真意はわれわれにはよく分らない、という説があった。――これは、一般世間の通念として妥当な意見だった。
 其他まだいろいろあったが、それらが単独にはっきりしたものではなく、あれこれ入り交っていたのである。
 だから、おばさんと或る奥さんとの話も、あちこち飛び飛びで、まとまったものではなかった。しまいに奥さんは、腑に落ちないような顔をして言った。
「お酒って、あんなに飲みたいものでしょうかねえ。」
 おばさんはふふふと笑った。
「御自分では、いつも、もうやめようと思ってるらしいんですよ。当分来ないよと、なんど言ったか知れません。それが次の日になると、けろりとして来るんですからね。明日という日が無くならない限りはだめだと、御自分で笑ってるんですよ。だから、山田さんの方も、たいていの
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