に、玩具を前に置いて遊んでいた。膝のないその小さな坐り姿を見て、彼は何とも云えない気がした。家に「不姙性」の子供が一人ふえたのだ、と彼は思った。依子をそうなさしたのは、彼女をその母の胸から奪って来たがためではなかったか。而も奪って来たのは誰の仕業であったか。それは彼でも兼子でも幾代でもなかった。もっと深い所にあった。然し誰であるかは分らなかった。彼は一種の憤りを感じた。これは一時の道程だと強いて考えても、自分と兼子と依子との現在の心が、余りに根強く頭に映じてきて、凡てを塗りつぶしてしまった。
彼は永井が来るのを待ち受けた。うむを云わさず殴りつけてやるつもりだった。然し永井は姿を見せなかった。やり場のない憤りの念から、彼は敏子と依子との別離を決定的なものだと感じた。そしてそれは、あらゆる光明を奪うものだった。
底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1−13−21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「中央公論」
1921(大正10)年5月
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年9月18日作成
2008年10月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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