い鼻筋と細い眉とが、淋しいほど清らかだった。乾いた薄い唇が、色褪せてきっと結ばれていた。彼はそういう顔を、今初めて見るかのようにじっと見つめた。彼女は彼の視線を感じてか、静かに寝返りをした。彼は眼瞼を閉じた。
眼瞼のうちに、種々なものがまざまざと見えてきた。兼子のこと、依子のこと、幾代のこと、敏子のこと、また自分自身のこと――彼も亦今見た兼子の顔と同じように、窶《やつ》れた淋しい顔をしてるに違いなかった。彼はそれらの映像を眼瞼のうちに見つめながら、果してこれでいいのかと考えた。皆の生涯を――運命を、よいようにと希望しながら、茲まではまり込んでしまったのだ。然しこれは一時の経路なのだ、これを通り越せば凡てよくなるだろう、と彼は考えてみた。それには先ず第一に、依子の病気を治さなければならなかった。
彼はそっと手を伸して、依子の額に触ってみた。所がその触感を知る前に、彼はぎくりとした。依子がぱっちり眼を見開いた。依子は天井を見つめていたが、俄に叫びだした。
「お母ちゃん、お母ちゃん!」
彼と兼子とは突嗟に起き上った。幾代も起き上った。然しその時にはもう、依子は眼を閉じてうとうとしていた
前へ
次へ
全82ページ中76ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング