はないか。」と彼は兼子に云った。
「いいえ、何にも」と兼子は答えた。
 彼女が何もしたのでないことは、彼も初めから知って居た。然し……。彼は兼子の様子を見守り初めた。兼子は依子の様子を見守っていた。
 依子に向けられてる彼女の眼は、女性特有の細かな鋭さを具えていた。彼女は依子のあらゆる具体的な特長を一目に見て取った。前髪を掌で後ろになで上げて、いい生際《はえぎわ》だと云った。そして次には、大きな凸額《おでこ》だと云った。「大きなお目《めめ》だこと、」と云いながら、その眼瞼に接吻した。「※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]がないのね、なくってもいいわねえ、」と云ってはその短い※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]を二本の指先でつまんで引張った。「大きな短い首!」と云って、後ろから頸を指先でつっついた。依子が首を縮めると、むりにその頸筋へ接吻した。――依子は菓子を一つずつ大人の手から貰うのが嫌いだった。菓子盆ごと貰って、一つ食べては後を自分の手でしまって置きたがった。「この子は慾張りでしまりやだわ、」と兼子は云った。
「お前は批評するからいけないんだ」と彼は兼子へ云った。「こうこ
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