た。然し彼女はそんなことを何にも語らなかった。彼女は少からず憤慨の調子で、金のことを第一に述べた。
「私がお金の包みを出しますとね、お敏は手にも取らないで、これは永井へ渡してくれと申すではありませんか。こちらからわざわざ届けてやった心が、少しも通じないのです。瀬戸さんの考えや私達の思いやりを、くわしく云ってやりましても、お敏は黙って俯向いたきりですもの。私はも少しで持って帰ろうかと思いました。」幾代は暫く言葉を切って、彼と兼子との顔を見比べた。「けれども、そうしないでよござんした。やはり瀬戸さんの仰有る通りでしたよ。とうとう無理に受取らせることにして、この中に千円あるから一応あらためて下さいと云いますと、え千円! と喫驚したような顔をしました。で私は、五百円は瀬戸さんから永井へ渡してあるので、これで丁度お約束の金高だと云ってきかせますと、千五百円! とまた喫驚してるではありませんか。よく聞きますとね、あれは全く永井のたくらみだったのですよ。お敏はただ、これから小さな煙草店でも出すつもりで、四五百円の補助を受ければよいと思っていたそうです。毎月三十円のうちから貯金もだいぶしているらしいの
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