子とがいつまでも出て来ないのが、俄に気になりだした。罠を張られたのではないかという気がした。
 彼は黙って立ち上った。障子をしめた。何とか云いたかったが、言葉が見つからなかった。敏子は子供を抱きながら軽く身を揺っていた。
「みんな何処へ行ったのかしら?」と彼は平気を装って云った。
 座敷を出て茶の間を通り、玄関の方を覗いてみると、其処に幾代と兼子とが立っていた。
「どうしたんです?」と彼は怒鳴るように云った。
「一寸困ったことが出来ましてね。」と幾代は云った。彼女の云う所に依ると、昨日永井が瀬戸の家へ来て、約束の千五百円を求めた。瀬戸は一先ず五百円だけを与えて逐い帰した。然しこの金は直接敏子へ渡すべきだというので、今日残額の現金を持ってきて、幾代の手に托していったそうである。「それでも、」と彼女は云い続けた、「私から今すぐお敏へ渡すのも、あまり当てつけがましくってね。兼子さんとも相談していた所ですが、あなたはどう思います?」
「そんなことは出来るもんですか!」と彼は云った。
「そうでしょうね。兼子さんは、後で、お敏は明日《あした》の朝帰しますから、その後で届けたらと云っていますが、そう
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