。彼は心の中で言葉を探した。適当な言葉が見つからなかった。然し躊躇してるのはなお苦しかった。口から出まかせに云った。
「いろいろ苦労をかけて済みません。」
「いいえ。」と彼女は云った。落付いた調子だった。「私はこの子のために、ほんとに仕合せなことと思っております。」
 そんなことを云ってるのではない、と彼は心の中で叫んだ。然しどう云い現わしていいか分らなかった。
「考えてみると、僕は何だか恐ろしい気がするけれど……。」
「私は安心しております。お祖母様もお……母様も、ほんとに御親切ですから。」
「僕もどんなに苦しんだか知れない。然し僕の意志ではどうにもならなかったので……。」
「いいえ、こうして頂けば、私は本望でございますもの。」
「随分苦しんだでしょう。」
「いえ、まだ何にも分かりませんから。」
 そう云って彼女は子供の頭に頬を押しあてた。
 彼は口を噤んだ。彼が彼女のことを云っているのに、彼女は故意にかまたは知らずにか、子供のことばかりを云っていた。彼は苛ら苛らして来た。少し露骨すぎる嫌な言葉だと意識しながら、ぶしつけに云ってやった。
「僕達二人のことは、もう何とも思ってはいないん
前へ 次へ
全82ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング