こういう自分の姿が、昔……遠い昔にも、あったような気がした。それは自分ではない、父でも祖父でもない。それでもやはり自分なのである。そして、子供のことを考えるのは、遠い祖先のことを考えるのと同じだった。一種神秘な血の繋りだ!……彼は涙ぐましい心地になって、膝頭の上に頭をかかえていた。
 晴れやかな笑い声に、彼は喫驚して飛び上った。四五人の女学生が彼の後ろを通っていった。彼はぼんやりつっ立っていたが、彼女等の後姿を見送ると、自分の来るべき場所ではなかったような、外国人といったような、淋しい心持ちになった。やはり家に帰ろう、そう彼は自ら云った。
 彼が家に歸ったのは四時過ぎだった。玄関に並べられてる下駄で、敏子がまだ居ることを知った。変にぎくりとした。立ち止って一寸躊躇したが、また思い切ってつかつかと上っていった。
 皆は何処に居るのかと彼は女中に尋ねた。母の居間にとの答えだった。彼は階段の下に佇んで、母の居間へ行こうか書斎へ上ろうかと迷った。そこへ兼子が出て来た。
「まあ今まで、あなたは何処へ行っていらしたの!」と彼女は云った。
 彼は黙って彼女の顔を見返した。彼女の顔には晴々とした冷かさ
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