子を奪う
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)他《ほか》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)早速|手土産《てみやげ》

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(例)※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]
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 兎に角、母が一人で行ってくれたのが、彼には嬉しかった。普通なら、いつも間にはいって面倒をみてる伯父が、当然その役目をすべきだが、「女は女同志の方が話がしよいから、」と幾代は主張した。そして伯父を同伴することさえ拒んだ。「では行ってきますよ、」と彼女は云いながら、重大な用件で小石川の奥から三田まで俥を走らせるのに、宛も日常の用足しででもあるかのように、落付き払って家を出た。
 母は安心しきってるようだ、と彼は考えた。然し、もしも向うで子供を渡さないといったら……。
 彼は眉根をしかめた。ふと空を仰いでみた。晴れ渡った空が一杯日の光りを含んでいた。彼は一寸口笛を吹いた。それから妻の所へ行ってみた。
 兼子の弱々しい繊細な顔には
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