れたつまらないことが、なんと鮮明に浮んできたことか、仔猫だとか、綾子と山吹だとか、老婢たちだとか、なおその他のいろんなものまで、湖面の鏡に映った。そして今、その湖面には、一枚の木の葉が、くるりくるりとゆるく回転しながら、湖心の方へ流されていた。方向の定まらぬ風の吹き廻し、そして気紛れな渦巻き。あの木の葉は危かった。いつ沈むか分らなかった。それがそっくり、久子の姿ではなかったか。俗世の渦巻きに巻き込まれて沈んでしまうかも知れなかった。
田宮は倚りかかっていた樹の幹から離れ、足早に湖畔を立ち去った。湖心の眼がなにかしら怖かった。
ホテルの玄関前の広い草原を横切って行くと、澄みきった山水がさらさらと流れてる渓流に出る。その岸のほとりに、檀《まゆみ》の大きな木が茂っていた。黄と紫とに染め分けた小さな花を一杯つけていたが、既に果実を結んでるのもあって、紅い果肉も見えていた。その最も美しそうな一枝を、田宮は折り取って、室に帰った。女中を呼んで、手頃な花瓶を借り、檀の枝を投げ入れた。
黄と紫との二色になってる小さな花の群れ、紅みの見える小さな果実、それを小枝の楕円形な葉裏に眺めると、如何にも可
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