に多くの人が言ったのではなく、一人で幾つものことを言った。その一つ一つのことについて、久子は田宮に訴えて泣いた。
「あたしはただ清らかに素直に生きたかったのです。それが、あなたを責めたり、他人を責めたり、まるでヒステリーみたいな様子になってしまった、そのことが悲しいんです。もうつくづく自分がいやになり、世の中がいやになりました。何もかも穢らわしいという感じです。お別れしましょう。清い愛情のために、お別れしましょう。」
 田宮はどう言って慰めてよいか分らなかった。また、久子の気持ちがさほど切羽つまったものだとも理解しなかった。そして彼女の自殺未遂に接して駭然とした。彼女はわりに自由な気楽な境涯にあったので、綾子の死後は、自宅と田宮の家とに半々ぐらいの生活をしていた。服毒は自宅の居室でしたが、手当のためにすぐ近くの小さな病院に担ぎ込まれた。
 田宮が駆けつけて行った時、彼女は横向きに寝ていた。殆んど呼吸もしていないかのようにひそと静まり、顔は血の気を失って蝋のようだった。枕頭には、彼女が信頼してる友の百合子が附き添っていた。
 彼女は暫く瞼を閉じたままだった。やがて、その長い睫毛がちらと動
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