、病人の世話や家事をみていた。
久子の言うところによると、それらのお婆さんはみな、家庭的に不仕合せなひとばかりだった。
そのうちの一人、Kさんというのは、ちょっと得態の知れないひとだった。年は七十に近く、髪は半白で、顔中皺だらけだが、背が高くて頑丈そうだった。乾物問屋のワカメ束ねだの精米所の麻袋繕いや飯焚きだのに働いたこともあるそうだ。だが、言葉は丁寧で、料理の心得も多少あった。
家には、息子夫婦がおり、Kさんの亭主はぶらぶら遊んでいて、孫の守りをしたり手内職をしたりして、晩に一杯の晩酌をするのが楽しみだそうだった。Kさんは煙草が好きで、田宮の吸い殼までも貰って吸った。働きかたがずるくて、目に見えるところは言われた通りに片付けるが、見えないところは手を抜いた。何かの口実を設けてはよく休んだ。
「嫁が、ひどいヒステリーでございまして、ちょっとしたことにもがみがみ怒鳴りますし、わたくしをこき使うことばかり考えてるんですよ。」
Kさんはそう言ったが、それが実は嘘だと分った。Kさんの家を知ってるひとの話では、嫁さんはきれい好きなきちんとしたひとで、Kさんがだらしないものだから、いつも小言を言われてるのだそうだった。
それやこれやで、田宮はKさんに暇を出した。
また、Nさんというひともおかしかった。五十ぐらいの年配で、しっかりした人柄のようだし、身形もきりっとしていた。これは泊り込みが希望だった。世話した人の話では、或る家に勤めていたが、それが電車通りで、うるさくて夜もろくに眠られなかったから、暇を貰ってるので、どこか静かな家に勤めたいとのこと。へんな話だが、とにかく目見えに来て貰った。田宮は来合せていた久子に応対を任せた。
「よそに出て奉公なさるというからには、なにか事情もおありでしょうし、家の中が面白くないというようなこともおありでしょうが、こちら、気兼ねのない家ですから、らくな気持ちでいて下さいよ。」
そんなことを久子が言うと、Nさんは顔を伏せて涕をすすった。それから何かと用をして、帰りぎわに言った。
「一日いてみますと、そのお家の様子はよく分ります。わたくしでお宜しかったら、明後日から参ることに致します。」
人柄もよさそうだし、目見えを打ち切って、来て貰うことにきめた。
ところが、その日の帰り途に、Nさんは世話人の家に立ち寄って、田宮のところを断ったのである。猫がいやだというのだった。
「わたし、猫を見ると、ぞーっとするんですよ。それに、あすこの猫、白無地ときてるんでしょう、気味がわるくて……。」
Nさんとはそれきりになったが、どうも、初めから終りまで腑に落ちないことだった。
それから、Fさんというのはいいひとだった。七十歳ばかりの小柄なひとで、忠実によく働いた。顔立もととのい、身ぎれいで、モンペをきりっとつけていた。通いの勤めだったが、用の多い日は泊ってくれた。始終こまめに動き廻って、ちょっとでも手をあけてることがきらいだった。用事がなくなると、自分から進んで戸棚の中を掃除したり、食器を整理したり、庭の草をむしったり、若い女中にせっついて衣類の繕い物を出させたりした。そしてよく病人の世話をした。綾子もFさんに好感を持っていて、その打明け話に笑い声を立てた。
Fさんの家には、畳職人である息子の夫婦と、小さな子供が四人いた。Fさんは金がたまると、その孫たちに物を買ってやるのが楽しみだった。息子の働きで一家の生計は立っていたので、Fさんが外に出て働くのも、自分の老後の小遣と孫たちへの贈物とのためだった。
「家の嫁ときたら、わたしにお湯銭をくれるのさえ惜しがるんですよ。」
そんなことを言ってFさんは笑った。
「それに、言うことがいいじゃありませんか。わたしがこうして家にいるからこそ、おばあちゃんは外に働きに行けるんじゃないか、ですってさ。家にいないとすれば、どこにいるつもりなんでしょうね。気が立ってくると、糞ったればばあ、とぬかすんですよ。だからわたしは言い返してやります。いつわたしが糞をたれた、お前さんの子供こそ、いつも糞をたれ流しじゃないか……。」
Fさんは得意そうに笑った。開けっ放しの朗かな性質なのだ。けれども、なんだか淋しそうな影がないこともなかった。嫁との喧嘩の話も、Fさんにとっては一種の愚痴だったのだろう。
そのほか、いろいろなひとがあちこちにいた。たいてい老年の女で、女中としては住み込みよりも通勤を望んでいた。何等かの関係で家庭に繋がりながら、その家庭内が面白くなかったのである。久子は次のように田宮へ言った。
「年寄りの女中を使っていますと、いえ、あなたが使っていらっしゃると、なんだかへんな気がしますわ。それに、若い女中が少くなって、年寄りの女中がいくらも見付かるというのは、どういうことでし
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