んなに誉めていいものでしょうか。
D女――わたくし、ただ一つ心に咎めることがございます。もうだいぶ前のことで、たった一度でしたけれど、田宮さんからキスされました。その時、田宮さんはひどく酔っていらっしゃいましたけれど、それでもわたくしの方では、心に咎めて、長い間悩みました。そして、そのことをあなたにお打ち明けしたら、気が静まるだろうと思いまして、恥をしのんで申上げることにしました。
E女――田宮さんは、わたしは昔から懇意なんですが、始末のわるいひとでしてね。いつものらりくらりしていて、瓢箪鯰で、つかまえどころがありません。こちらから何を言っても、すべて馬耳東風ですからね。あんなひと相手では、あなたも気骨が折れることでしょう。ひとつ、尻尾をつかまえて、ぎゅーっと締め上げてやりなさるが、宜しいですよ。
F男――あなたは用心なさらなければいけませんよ。田口というひとを御存じでしょう。あの田口が、言っていました。久子さんと田宮さんのことでは、久子さんの方に、どうも色慾二道の気味合いがあるようだと。これは聞き捨てならないじゃありませんか。それとも、あなたが田宮さんから、なにか品物を貰うとか小遣を貰うとか、そんなことが少しでもおありなさるなら、話はまた別ですが、そうでもないでしょう。だから、用心なさらなければいけません。
G女――あたしは、田宮さんの昔のことを、或るところから聞いて、詳しく知っております。田宮さんが先の奥さんと結婚なさる時のことですが、ほんとは、田宮さんは妹さんの方を愛していらしたんですって。それが、どうしたことか、姉さんの方と結婚なすってしまいました。まあ世間にはよくあることですが、それだけにまた。ずいぶん俗っぽい話ですわ。
H女――久子さん、面白いことを聞かしてあげましょうか。あなたが、田宮さんとこの若い女中を買収して、スパイをさせてるというんですよ。田宮さんとこには、たまに女のお客さんもあるでしょう。そんな時、どういう様子か、あなたが女中にスパイをさせてるんですって。あたしは勿論、そんなことを信じませんし、あなたの性質もよく知っています。だからこうして、笑い話にしているんですよ。どこからそんな噂が出たか知りませんが、ずいぶん面白い話じゃありませんか。
その他、まだまだ沢山あった。アルファベット二十六字を並べても足りなかったろう。もっとも、そんなに多くの人が言ったのではなく、一人で幾つものことを言った。その一つ一つのことについて、久子は田宮に訴えて泣いた。
「あたしはただ清らかに素直に生きたかったのです。それが、あなたを責めたり、他人を責めたり、まるでヒステリーみたいな様子になってしまった、そのことが悲しいんです。もうつくづく自分がいやになり、世の中がいやになりました。何もかも穢らわしいという感じです。お別れしましょう。清い愛情のために、お別れしましょう。」
田宮はどう言って慰めてよいか分らなかった。また、久子の気持ちがさほど切羽つまったものだとも理解しなかった。そして彼女の自殺未遂に接して駭然とした。彼女はわりに自由な気楽な境涯にあったので、綾子の死後は、自宅と田宮の家とに半々ぐらいの生活をしていた。服毒は自宅の居室でしたが、手当のためにすぐ近くの小さな病院に担ぎ込まれた。
田宮が駆けつけて行った時、彼女は横向きに寝ていた。殆んど呼吸もしていないかのようにひそと静まり、顔は血の気を失って蝋のようだった。枕頭には、彼女が信頼してる友の百合子が附き添っていた。
彼女は暫く瞼を閉じたままだった。やがて、その長い睫毛がちらと動いた。それから静かに眼が開いて、田宮の顔を見た。ただ無心に眺めてるような風だった。ふいに涙がはらりとこぼれて、眼はまた閉じた。田宮は手探りに彼女の手を執ったが、その手はだらりと任せられてるきりだった。何も言うことはなかった。
百合子にはまだ、事情がはっきり分っていなかった。
五日後、久子は退院して自宅で静養することになった。
「暫く、考えさして下さい。あなたも考えておいて下さい。一週間ばかり、お目にかからないことに致しましょう。」
久子のその申し出を田宮は素直に受け容れて、この山奥の丸沼温泉に来た。
考えることは何もなかった。考えないために、すべてを頭の外に放り出しておきたかった。そしてただ感じたのは、久子のない生活というものが無意味空虚であるということだった。過去にずいぶんでたらめな生活をしてきた田宮にとっては、この愛情の発見がいささか意外でさえあった。
彼はその時を、何の時かもよく分らぬその時を、ただ待っていたい気持ちだった。そして、ただ待つということは、死を思うことと、紙一重で相通ずるものだと知った。ほんの一歩の差で、彼は自決しかねなかった。
それにしても、中心からそ
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