んなに誉めていいものでしょうか。
 D女――わたくし、ただ一つ心に咎めることがございます。もうだいぶ前のことで、たった一度でしたけれど、田宮さんからキスされました。その時、田宮さんはひどく酔っていらっしゃいましたけれど、それでもわたくしの方では、心に咎めて、長い間悩みました。そして、そのことをあなたにお打ち明けしたら、気が静まるだろうと思いまして、恥をしのんで申上げることにしました。
 E女――田宮さんは、わたしは昔から懇意なんですが、始末のわるいひとでしてね。いつものらりくらりしていて、瓢箪鯰で、つかまえどころがありません。こちらから何を言っても、すべて馬耳東風ですからね。あんなひと相手では、あなたも気骨が折れることでしょう。ひとつ、尻尾をつかまえて、ぎゅーっと締め上げてやりなさるが、宜しいですよ。
 F男――あなたは用心なさらなければいけませんよ。田口というひとを御存じでしょう。あの田口が、言っていました。久子さんと田宮さんのことでは、久子さんの方に、どうも色慾二道の気味合いがあるようだと。これは聞き捨てならないじゃありませんか。それとも、あなたが田宮さんから、なにか品物を貰うとか小遣を貰うとか、そんなことが少しでもおありなさるなら、話はまた別ですが、そうでもないでしょう。だから、用心なさらなければいけません。
 G女――あたしは、田宮さんの昔のことを、或るところから聞いて、詳しく知っております。田宮さんが先の奥さんと結婚なさる時のことですが、ほんとは、田宮さんは妹さんの方を愛していらしたんですって。それが、どうしたことか、姉さんの方と結婚なすってしまいました。まあ世間にはよくあることですが、それだけにまた。ずいぶん俗っぽい話ですわ。
 H女――久子さん、面白いことを聞かしてあげましょうか。あなたが、田宮さんとこの若い女中を買収して、スパイをさせてるというんですよ。田宮さんとこには、たまに女のお客さんもあるでしょう。そんな時、どういう様子か、あなたが女中にスパイをさせてるんですって。あたしは勿論、そんなことを信じませんし、あなたの性質もよく知っています。だからこうして、笑い話にしているんですよ。どこからそんな噂が出たか知りませんが、ずいぶん面白い話じゃありませんか。
 その他、まだまだ沢山あった。アルファベット二十六字を並べても足りなかったろう。もっとも、そんな
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