かなかつき難い。湖岸からでは、ここへ下りてくる峠道はどの辺か、見定められないし、雨宿りして焚火をした小屋など、見当もつかない。
「あの小屋は、どのあたりになるかしら。」
「そうだね、遠くない筈なんだが。」
見えないことは私には分っていた。こんもり茂った木立の彼方、少し引っ込んだところにあるのだ。それを平田はしきりに物色している。
「月の光りでは、紅葉はだめね。」
「そう、色が消えてしまう。」
「赤いのから、黄色いのへかけて、いろいろあるわね。あれ、葉っぱの性質によるのかしら。」
「さあ。植物学者に聞いたら分るかも知れないが……。」
それきり、私は黙りこんでしまった。もっと気のきいた返事はないものかしら。植物学者……はことにひどい。以前の平田は、こんなとき、詩人らしい楽しい返事をしてくれたものだ。そして私は彼と、どんなつまらないことをどんなに長く話しても倦きなかったのだ。ここに来て、確かに彼はどうかしている。熊の彫り物のせいだろうか。
あの神社の前の土産物店に、いろいろな品に交って、熊と蟇の木彫があった。平田はそれを長い間眺めていた。そして旅館に帰ってから、増築中の仕事場からであろ
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