ど、たしかにいたというのです。一メートルもあろうか、びっくりするほどの大きななまずで、それが、ぴかぴか光る金色の髭をはやして、ゆったりと泳いでいたそうです。
 何かの影だったんだろう、と私はかんたんにかたずけて、気にしないつもりでしたが、それでもやはり、忘れかねていたようです……。ある日、私もそのなまずをはっきり見ました。
 なまずというものは、おかしな魚ですね。頭がばかに大きくて、その大きな頭いっぱいに、大きな口がついていて、こまかいきれいな歯をくいしばって力《りき》んでいて、上唇《うわくちびる》に長い二本の髭《ひげ》をはやし、下唇に二本の短い髭をはやし、そのくせ、ごく小さなかわいい目でいつも笑っており、頭から尾へすーっとほそくなっています。そのなまずが、まったく、一メートルほどもある大きさで、おどろいたことには、ぴかぴか光る金のながい髭をうちふり、小さな目を光らし、いばりくさって悠然《ゆうぜん》と泳いでいったのです……。
 それを、私も正夫も二人とも見たのです。
「いたでしょう」
「うむ、ほんとにいたよ」
 けれども、金色の髭をはやしたなまず……そんなものは、まだきいたこともありません。
 その淵《ふち》には、村の子供たちが時々釣にくることがありました。私はその子供たちに、この淵で大きななまずを見た者はないかとたずねてみました。
 ここではよく釣針《つりばり》をとられるから、大きななまずかなんか、そんなものがいるかも知れない、という者がありました。
 深いんだからきっといる、という者がありました。
 大きななまずをみたことがある、という者がありました。
 そこで私は、金色の髭をはやしたなまずのことを、話してきかせました。子供たちはびっくりしました。
「まだはっきりはわからないが、ほんとにその珍しいなまずがいたら、みんなで生捕《いけど》ろうじゃないか。そしてここに池をつくって、川の水をひきいれて、みんなで飼おうよ。このままにしておくと、どこかに逃げてしまうかもしれないからね」
 子供たちはすぐにさんせいしました。そしていろいろ用意をし、手はずをきめて、金色の髭《ひげ》のなまずをまちうけました。
 そして毎日、朝から夕方まで、誰かしら番をして、淵《ふち》のなかをそっとうかがいました。ところが一日たち、二日たち、三日たっても、誰もなまずを見た者がありませんでした。
 
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