から、斧の音がひびいてきます……。
 私はとび起きました。窓をあけてみると、ぱっと朝日の光がさしていて、向こうの桜の木立のなかの大きな一本の枯木《かれき》が、切りたおされかかっているところでした。
 私はいそいで着物をきて、そこに行ってみました。桜の枯木はもう根本《ねもと》を切られて、ぐらぐらしていました。それを、二三人の村人が、縄《なわ》で引っぱりました。枯木は大きくゆらりとうごいて、それからさっと横だおしにたおれました。ほかの木の花がひらひらとちりました。
 正夫が涙ぐんでそれを見ていました。
 枯木のたおれたあとには、びっくりするほど、青い深い空が見えました。私はその明るい空を指さして、正夫にみせてやりました。

      二 なまず

 山奥といっても、南方《なんぽう》のことですから、夏はそうとうに暑く、水のほとりがなつかしくなります。
 家から二三百メートルのところに、きれいな川がながれていました。川床《かわどこ》は岩や小石で、ところどころに深みをつくり、そこには柳や杉などが岸にしげり、また浅瀬《あさせ》となり、そこにはこまかい砂で、芹《せり》や藻《も》などの水草がはえて、小さな魚がおよいでいました。そして少しかみてが、滝とも瀬《せ》ともつかない急な流れでゆきどまりとなり、その下に、大人の胸ほどの深さのひろい淵《ふち》をこさえていました。
 私と正夫とは、よくその川へあそびに行きました。
 泳げるほどの大きな川ではないかわりに、水が清くつめたくて、飲んでもよさそうに思えるほどでした。浅い瀬にはいって、美しい小石をひろったり、水草の間の小魚をつかまえたり、岸にねころんで釣りをしたりしてると、いつまでもあきませんでした。
 かみての急流《きゅうりゅう》のところ、それを村の人たちは滝といって、滝の下の淵をきれいなものとして、よこてに小さな石のほこらなどがまつってありました。そこへ、私たちは朝おきるとすぐ、顔を洗いに行くこともありました。
 ある朝、そこで顔をあらっておりますと、正夫が、あれッと叫んで、水にぬれた顔のまま、目をまんまるくうちひらいて、淵のなかを見つめました。
「なんだい」と私はたずねました。
「なまず……とても大きななまずが……金色の髭《ひげ》をはやして……」
 のぞいてみましたが、私には見えませんでした。もう岩にかくれたと正夫はいいました。けれ
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