虻もとまったことのない綺麗な花を、私が取ってあげます。」
「いけません。」と風のようにすげない声がいいました。
「私はあなたとお話することを、母から厳重にとめられております。あなたに御用をたのむことを、父から厳重にとめられております。こうしてお目にかかるのも、私は、心が咎めてなりません。」
「それは間違いです。いえ、それならば……向うをむいていて下さい。私の方を見ないで、そこに待っていて下さい。一番きれいな花を、私の心をこめた花を、取ってあげます。」
阮東は直ちに、李の木の大きなのに駆けより、その幹をよじのぼり、高い梢を引きたわめて、目につく一枝――蕾から咲き出たばかりでまだ蜂も虻もとまったことのない美しい花の一枝を、折り取りました。そして飛び降りてきますと、もう、素英の姿はどこにも見えませんでした。
幻を見たのでしょうか。幻と話をしたのでしょうか。――阮東は頭を振りました。手にしてる李の花を眺めました……。
やがて、彼は幻にでもひかれるように、李の花を持ったまま、ふらふらと歩きだしました。
土塀の小門をくぐって来ると、広い中庭で、池を中心に、太湖石が奇怪な形につみ重ねてありま
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