ると、爽かな細い歌声が聞え、やがて、空色の化粧着をつけた素英の姿が、まるで幻のように現われてきました。
 阮東ははっとして、息がつまり、血の循りがとまり、ただ眼を大きく見張りました。そして暫く見ない彼女の姿を、じっと見つめていましたが、次には、かっと逆上して、そこに走り出で、彼女の足もとに跪きました。
「ああ、お嬢さん、よく来て下さいました、よく来て下さいました。私は毎日、毎夜、ここにこうして、あなたをお待ちしておりました。」
 けれど、何の返事もありませんでした。素英は一足とびしざって、棒のようにつっ立ち、じっと阮東を見すえてるきりでした。
 阮東は涙声で訴えました。
「私はもう、あなたと離れては生きてゆけません。あなたと一緒なら、死んでもかまいません。死んで下さい、一緒に死んで下さい。」
 凍りついたような素英の眉が、ぴくりと動きました。そして風のようなすげない声がしました。
「そこをどいて下さい。私は髪にさすために、李の花を取りに来たのです。」
「おお、李の花……。」と阮東は叫びました。「あなたの髪のために、私に取らして下さい。一番美しい花を……蕾から咲きだしたばかりで、まだ蜂も
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