て、微塵にくだけ、大きな響きを立てました。
 その物音を聞きつけて、執事がやって来ますと、元は紙毯の上に死んだように横たわっていました。
 執事は召使たちを呼び、元を寝室に運び、酢をわった水でその額を冷してやりました。
 元は身動きもしないで寝ていましたが、ふと眼を開き、ぐるりと室の中を見廻して、そして叫びました。
「私は孤独だ。私はもう死ぬ。財産もいらない。愛情もいらない。世の中もいらない。私はもう死ぬ。」
 ぷっつりと言葉を切って、眼玉をぐるりとさして、瞼を閉じました。それきり静かになりました。呼吸も静かでした。突然眠ってしまったかのようでした。
 執事は一切のことが腑におちないかのように、ゆるく頭を振りました。そして暫く、寝息のように静かな元の呼吸を窺っていましたが、また頭を振って、後退りしながら室から出てゆきました。
 それから三日後に、元は脳溢血で倒れ、そのまま息を引取りました。その死体のそばで、一英と二英と三英とは、大声を張りあげ大粒の涙を流して、歎き悲しんだそうであります。



底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字4、1−13−24])」未来社
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