にかかって、おずおずと恒雄と富子との方を見た。彼等は何時ものように自由にそして言葉少なに紅茶を飲んだ。
「今日は少し時間に遅れたようだ。」と云って恒雄は柱時計を見上げるようにした。
「そうですか。」
 こう云った富子の方を恒雄はじっと見やった。然し彼はそれきり何とも云わなかった。
 富子はまもなく立ち上った。その時ふと自分の方に向いた彼女の眼の中に孝太郎はちらと昨日の感覚を見出して喫驚《びっくり》した。彼女の眼はいつも何かしら肉感的な濡いを持っていた。

 孝太郎は次第に落ち付きのない日を過すようになった。何か息苦しいものが彼の心のうちに醸されてきたのである。
 彼は富子の悩んだ心を見る時、その求めて得られざる永久の不満を包んだ心を見る時、その前に手を合したいような気がした。どうかして柔い涙で彼女の心を浸すような慰安の言葉をかけてやりたいと思った。それが彼女のために、恒雄と二人のためではなくただ彼女の魂のためにいいであろう、と思った。然し彼のそういう言葉の下から、訴えるようなまたよりかかって来るような彼女の眼差しを見る時、彼はもうどうすることも出来なかった。其処にはもはや何の言葉も意志
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