が残る筈だと思っています。」
「君はそれを広い愛というものよりもっと狭くて深い所謂恋愛というものにもあてはめようと思っているんですか。」
「私の恋愛観は別の問題です。然しともかくもあなたの富子さんに対する態度は其処から初めるのが正当だろうと思いますが。」
「或はそうかも知れません。然し僕の妻に対する強い愛着をどうしましょう。現在の妻のうちにある彼女の過去をどうしましょう。それから二人の間の冷たい反目をどうしましょう。今になってはもう後戻りの出来ない位、それらのものが深く根を下しています。僕はまあ云ってみれば美しい栗の毬《いが》を胸に抱いているようなものです。もう離れて見れないほど強く密接に抱いているんです。それでも畢竟は僕の胸と栗の毬とは相容れない別々のものなんです。何れかが壊れなければ……。」
「それでは毬を壊して中だけを抱くだけでしょう。」
「それには僕と妻と全く別々の離れたものにならなくては……。」
「え!」と孝太郎は声を立てた。
 二人は黙って顔を見合った。彼等の興奮した頭に不祥な影がちらっと閃き去った。
 孝太郎はつくづくと恒雄の顔を見守った。その心持ち下脹れの顔の輪廓と、多
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