い馴染みだ。わたしの夫、正夫の父がね、やはり正夫のようだった。いえ、正夫が父に似たんだろうよ。父の方はたいへんな酒好きで、とても正夫どころではなかった。毎日朝酒を飲んで、昼酒を飲んで、そしてまた寝酒を飲んだものさ。もっとも、それは亡くなる前のことだがね。煙草は始終口から離さなかったよ。若い時から女道楽で、老いてますます盛んな方だった。どこやらに、落し胤も幾人かある筈だ。そんなだから、したがって懶け者で、まとまった仕事をしたこともなく、ぶらぶら遊んでばかりいたよ。そして肝臓と腎臓とを悪くして、亡くなってしまった。
 ――そんな男だけれど、ただ一つ取り柄があった。物にこだわらないことだよ。恬淡というか、無頓着というか、一つのものに執着することがなかった。酒を飲んでも酒に呑まれることはなかった。煙草をいくら吸っても、煙草に吸い込まれることはなかった。女好きではあったが、女に丸めこまれることはなかった。その点を、わたしから見れば偉いと思うよ。何事も、心から執着しなければ本当のことは分らない、と言われてるけれど、また逆に、執着したために分らなくなることも、しばしばあるからね。
 ――そこへゆくと
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