ひどい人だとか、そうした道徳的な批評は一切しないわね。その上、道徳なんか下らないことだと、口癖のように言ってるでしょう。だけど実は、一般庶民の道徳というものは、人情を元にしたものだわ。そう言うと、あんたはさもおかしそうに笑ったでしょう。
 ――あんたという人は、実に冷酷なエゴイストだわ。そういう面に触れる時、あたしはいつも冷りとします。そしてあんたからつきまとわれればまとわれるほど、なにかごまかされてるような気がするわ。あたしがほしいのは、本当の愛情、人情の流れ、心から自然に溢れ出る温かみです。
 ――だから、言っておきますが、愛子の温かい心が、あんたの冷酷な性格に冷されてしまう時こそ、もうお別れです。よく考えてみて下さい。そんなぎりぎりのところまで行かないうちに、すぐにお別れするか、それとも、人情を身につけてみようと努力なさるか、どちらともあんたの自由です。御返事を待ちましょう。御返事はどうですか。
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愛子は正夫の注意を惹こうとするかのように、卓をことこと叩く。何度も叩く。だが正夫は、顔を伏せたまま身動きもしない。愛子のそばに、肥満した男が立ち上る。顔も太く、体
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