も、俺たちの方で押しかけて行こうか。
議一――おい、君たち、もっと静かにしてくれ。正夫君は初めから、もう暫く放っといて貰いたいと、僕に頼んだ。その通りにしておいてやろうじゃないか。
煙吉――だから、俺たちは、静かに贈物を捧げたんだ。よけいな干渉はしないよ。
時彦――それも、時によりけりだ。どうも、正夫君を一人きりにしておきたくないね。
愛子――そうよ、そうよ。あたし行って、連れて来よう。
煙吉――まあ待て。
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正夫は卓上にある品々を眺める。酒瓶を取って、ぐっと飲む。蜂蜜の瓶を取って、口一杯嘗める。再び酒をぐっと飲む。時計を取り上げて、時刻を見る。それから、缶の煙草を一本取って、悠々と吹かす。――その一々の動作を、一同は見守る。
[#ここで字下げ終わり]
正夫――僕がここでやってることが、どういう意味だか、君たちに分るか。お別れの挨拶だぞ。もうたくさんだ、きっぱり別れよう。だが、僕は卑怯に逃げ隠れするのではない。僕にも多少の意地と体面とがある。そして君たちに思い知らせてやりたいんだ。そうだ、思い知らせてやる、こいつは素晴しいことだ。見ておれ、思い知らせてやるから。
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正夫は卓上の品々、酒瓶と蜜瓶と煙草缶と時計を、一つずつ取り上げ、窓へ投げつける。窓硝子の壊れる音がして、品々は外の闇の中に消える。――硝子の砕け散った窓が、ぽっかり口を開いている。正夫は一瞬、身を飜えすと、駆け出して行って、窓の穴から外へ飛び出してしまう。
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議一――あ、いけない。しまった。
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議一は窓へ駆けつける。一同も駆けつける。他の窓も開けて、外を透し見る。
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議一――ここは四階だ。無事に飛び降りられるものではない。体は粉微塵だ。行ってやろう。
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一同は足をめぐらして、窓と反対側にある扉を開き、廊下へ出て行く。
その時私(筆者)は、彼等の足音ばかりでなく、他のざわめきをも、確かに聞いた。眼に見える彼等ばかりでなく、他に多くの者が室内にいたに違いない。そして正夫は、それら多くの者の前に、曝しものとなっていたのであろう。それを思って、私はぞっとした。だが、一人残らず皆が出て行った後、室内はしんしんと静まり返り、更に深く静まり返ってゆくのが、耳にも感じ肌に
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