酒を飲み、煙草をふかし、真珠菓子をかじり、蜂蜜まで嘗める。――その乱雑な光景を、議一は少しわきの方に突っ立ったまま、茫然と眺めている。
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愛子――あんた、そんなところに突っ立ったきりで、どうしたのよ。ばかみたい。こっちい来て、仲間にはいりなさいよ。構わないわよ。
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議一はおずおず近寄って、酒盛の仲間にはいる。そして彼一人だけ、椅子に腰を下す。
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煙吉――少し動きたくなった。歌でもうたいたくなった。お前たちはどうだい。
時彦――よしきた。元気にいこう。
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時彦が音頭を取って、ラ・マルセイエーズを歌い出し、一同それに和して歌いながら卓を叩いて拍子を取る。議一ひとり黙っている。
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愛子――あんた、なぜ歌わないの。
議一――僕は、そんなバター臭い歌は知らないんだよ。
愛子――まあ、フランスの国歌じゃないの。そんなら、何を知ってるの。
議一――そうさなあ。ノーエ節ぐらいなもんかな。
愛子――ノーエ節……。ああ、富士の白雪というあれでしょう。
酒太郎――宜しい、こんどはあれにしよう。ぐるぐる廻って、際限なく歌える。この円卓みたいなもんだ。
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一同はノーエ節を歌いながら、円卓のまわりを踊るように歩き始める。歌は終りからまた初めへと連続し、彼等は円卓のまわりを何回も廻る。――ただ議一だけ、腰掛けたままでいる。
ふと、時彦は議一の側に立ち止って、その顔を覗き込む。
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時彦――やあ、これは不思議だ、俺のあの菓子を食ったのに、この男は居眠りをしている。眠られる筈はないんだがなあ。
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皆そこに集まってくる。
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煙吉――眠られなくなるって、本当かね。
時彦――俺は嘘は言わない。
煙吉――それじゃあ此奴、狸寝入りか。
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煙吉は議一の背中を殴る。他の者も一緒になって殴る。議一は眼を覚して、あたりを見廻す。
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煙吉――お前、ほんとに眠ってたのか。
議一――自分自身がどっかへ、すーっと消し飛んでゆくような気持ちだった。そして夢を見た。
煙吉――どんな夢だ。
議一――河の深い淵だった。上手の方は、浅い瀬で、きれいな水が
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