《しほう》に広がりました。ハムーチャの行く先々で、もうその地方の人々が待ち構《かま》えていました。中には、是非《ぜひ》私共の町へ来てくれと、馬車を迎えによこす者さえありました。しかしハムーチャは、馬車なんかには乗らずに、例の赤と白とのだんだらの服をつけ、三角の帽子をかぶって、てくてく歩いて行きました。懐《ふところ》にはたくさんのお金がたまっていました。いくら酒を飲んだりごちそうを食べたりしても、なかなか使いきれませんでした。
そしてハムーチャは町々をめぐって、ある大きな都にさしかかりました。都の人達は、今にハムーチャが来るとて大騒ぎをしました。いよいよハムーチャがやって来ると、都の一番|賑《にぎ》やかな広場に案内しました。広場にはもう立派な毛布が敷きつめられ、不用な品々が山のように積まれ、四方には桟敷《さじき》が出来ていて、ぎっしり人だかりがしていました。ハムーチャは少しびっくりしましたが、やがて、ようようと場所のまん中に進み出ました。四方から、雷《らい》のような拍手《はくしゅ》が起こりました。
四
ハムーチャはまず、ナイフを使い分けたり、足で金の毬《まり》を手玉《てだま》に取ったりして、普通の手品《てじな》をやりました それが[#「やりました それが」はママ]すむと、いよいよ煙の術にかかりました。ところが、あまりいろんな品物がつまれていますので、どれから先にしてよいかわからずに、しばらく考えてみました。そしてふと思いついて、皆一緒に煙にしてしまおうときめました。例の通りそこに屈んで、胸に両手を組み合わせ口に何やら唱えますと、まあどうでしょう、山のように積まれてる品物が、一度にどっと煙になって、その煙がまたさまざまな花となって、空一面に広がりました。あまりの見事さに あたりの[#「見事さに あたりの」はママ]人々はやんやとはやし立てました。
やがて煙の花が消え、狂うような喝采《かっさい》が静まると、人々は少し不満足に思いました。いろんな物を一つずつ煙にしてもらうつもりだったのが、一度ですんでしまったからです。
「もっと何か煙にして下さい。この金入れでもいいから」
そう言って一人の者が、大きな革の財布を差し出しました。
「いや、いけない」とハムーチャは答えました。「これは悪《あく》の火の神アーリマンの術ではなくて、善《ぜん》の火の神オルムーズドの煙だから、役に立たない不用な物しか煙にはなせないのだ」
すると、他の一人が言いました。
「ここに敷きつめてる毛布をみなあなたに上げよう。そうすれば、あなたのその小さな毛布は不用になるでしょうから、それを煙にして下さい」
「なるほど」とハムーチャはちょっと考えてから答えました、「この立派な毛布をもらえば、私の小さな毛布はもういらなくなるわけだ」
そこで彼は、自分の毛布を煙にしてみせました。煙は青々とした野原の形となって、空高く消えてゆきました。
すると今度は、ある人が立派な靴を持ち出しました。
「この立派な靴をあなたに上げよう。そうすれば、あなたのその破れた靴は不用になるでしょうから、それを煙にして下さい」
「なるほど」とハムーチャはちょっと考えてから答えました。「この立派な靴をもらえば、私の破れ靴はもういらなくなるわけだ」
そこで彼は、自分の靴を煙にしてみせました。煙は大きな馬の蹄《ひずめ》の形となって、空高く消えてゆきました。
都の人々は、それでもまだ承知しませんでした。あまりの不思議さに、もうみんな夢中になっていました。
鳥の羽のついた立派な帽子を持ち出す者がありました。宝石のついた見事な服を持ち出す者がありました。らくだの子の胸毛で織ったシャツを持ち出す者がありました。
そしてハムーチャは、前と同じように身につけてるものをみな煙にしてしまいました。三角の帽子は禿鷹《はげたか》の形の煙となって消えました。赤と白とのだんだらの服は大蛇《だいじゃ》の形の煙となって消えました。汚れた麻《あさ》のシャツはなめくじの形の煙となって消えました。ハムーチャはまっ裸となって、立派な衣装の重《かさ》ねてある側に立っていました。
そこへ十五六歳の娘が一人、肩から胸まで現わにして飛び出しました。金色の髪がふさふさと肩に垂れ、海のように青い眼をし、薔薇《ばら》色の頬《ほほ》をして、肌は大理石のように滑《なめ》らかでまっ白でした。
娘は言いました。
「私はこの身体《からだ》をあなたに上げましょう。そうすれば、あなたの年とったしわだらけの身体は不用になるでしょうから、それを煙にしてみせてください」
「なるほど」とハムーチャはしばらく考えてから答えました、「あなたの美しい身体をもらえば、私の汚ない身体はもういらなくなるわけだ」
そこで彼は、胸に両手を組み合わせ、口に何や
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