わからないほどまっ暗な森でした。次には怪物の洞穴《ほらあな》がありました。見ただけでもぞっとするような恐ろしい怪物が、幾つもの洞穴の中に唸《うな》っていました。次には火の砂漠がありました。広々とした砂漠に一面に火が燃え立っていました。ハムーチャは眼をつぶって、一生懸命に駆けぬけました。火の砂漠を駆けぬけた時には、もう眼がくらみ息がつまって、地面に倒れたまま、気を失ってしまいました。
 しばらくたつと、「ハムーチャ、ハムーチャ」と呼ぶような声がしましたので、彼ははっと眼を開きました。見れば、白木造《しらきつく》りのささやかな家の中に自分は寝ているのでした。枕もとには一人の気高《けだか》い人が座っていました。まっ白な服装《ふくそう》をし、頭に白布を巻いた、年齢《とし》のほどはわからない人でした。ハムーチャが眼を開いたのを見て、静かに微笑《ほほえ》んで言いました。
「ハムーチャ、わたしはお前が来ることを知って迎えてあげたのだ。今までに幾人《いくにん》となく、わしをたずねて来かかった者はあるが、みな途中で引き返してしまった。それなのにお前は、たとえ命がけとはいえ、よくもこれまでやって来た」
 ハムーチャは起き上がって、頭を床にすりつけながら言いました。
「ああマージ様、どんな物をも煙にしてしまうというマージ様は、あなたでございましょう。どうか私にその術をお授《さず》け下さいませ」
「授けてもよいが、それには七年間苦しい修行《しゅぎょう》をしなければならないぞ」
「はい、七年でも十年でも一生の間でも、どんな苦しい修行もいたします」
 そしてハムーチャは、七年間マージの許《もと》で修行することになりました。それがまた一通りの修行ではありませんでした。水一杯飲まないで一週間も座り続けていたり、谷川の水に終日《しゅうじつ》首までつかっていたり、重い荷を背負って山道を上がり下りしたり、むずかしい書物を何千回も写し直したり、一月の間も無言でいたり、いろんな辛いことがありました。そして始終《しじゅう》、祭壇に燃える火を絶やしてはいけませんでした。ハムーチャは何度か力を落としましたが、その度毎《たびごと》に思いあきらめて、ともかく七年間の修行《しゅぎょう》を終えました。そして、どんな物でも煙にするという火の神の術を授《さず》かりました。その上、がんらいが手品師ですから、その煙をいろんなものの形にするという工夫《くふう》をしました。
 ハムーチャがいよいよ世の中へ戻ってゆくという時、マージは彼へよく言い聞かせました。
「物を煙にするこの術は、善《ぜん》の火の神オルムーズドから授《さず》かったのだから、すべて生きてるものや役に立つものを決して煙にしようとしてはいけない。オルムーズドから世の中に遣わされたのだと心得ていなければならない。もしよからぬ心を起こすと、お前の術は悪《あく》の火の神アーリマンのものとなって、自分を亡《ほろ》[#ルビの「ほろ」は底本では「ほろぼ」]ぼすようなことになる」
「承知いたしました」とハムーチャは答えました。

     三

 そこでハムーチャは、再び火の砂漠や闇の森や怪物の洞穴《ほらあな》などを通り越して、人間の住んでいる方へ出て来ました。そしてようすをうかがってみると、もう七年もたった後のことでしたし、誰もマージの許《もと》へ行きついた者もありませんでしたから、マージの噂《うわさ》は嘘だとして消えてしまっていました。
「今に皆をびっくりさしてやる」とハムーチャは一人|微笑《ほほえ》みました。
 ある町まで行くと、ちょうどお祭りの日でした。ハムーチャは人だかりのしてる広場に、新しい毛布を広げて、まず普通の手品《てじな》を使ってみせました。それから大声で言いました。
「さてこれから、世にも不思議な術を見せてあげまするぞ。これは火の神オルムーズドから授《さず》かった術で、どんなものをも煙にしてしまって、その煙でいろいろな物の形を現わすという、天下にまたとない妙術《みょうじゅつ》ですぞ。さあさあ、不用な物があったら持っておいで、この場で煙にしてご覧《らん》に入れる」
 そこで見物人の一人が古い帽子を差し出しました。ハムーチャは受け取って、もう破れこけて役に立たないことを見定めると、それを毛布の上に置き、自分はその側に屈んで、胸に両手を組み合わせ口に何か唱えました。と、不思議にも、その古帽子がふーッと煙になって、その煙がまた大きな鳥の形になって、空高く飛び去ってしまいました。
 あまりの不思議さに、人々はあっけにとられました。次には夢中《むちゅう》になって喝采《かっさい》しました。そしてお金が雨のように投げられました。ハムーチャは得意になって、なおいろんな物を煙にしてみせました。
 それからは、ハムーチャの噂《うわさ》がぱっと四方
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