というよりもむしろ立派な坊さんで、善《ぜん》の火の神オルムーズドに仕えてるマージでした。長い間の修行《しゅぎょう》をして、ついに火の神オルムーズドから、どんな物でも煙にしてしまう術を授《さず》かりました。何でも北の方の山奥に住んでいて、そこへ行くには、闇の森や火の砂漠や、いろんな怪物が住んでる洞穴《ほらあな》など、恐ろしいところを通らなければならないそうです。そのマージの不思議な術を見ようと思って、幾人《いくにん》もの人が出かけましたが、一人として向こうに行きついた者はないそうです。
「本当ですか」とハムーチャはたずねました。
「本当だとも、私は確かな人から聞いたのだ」と旅人は言いました。
「だがお前さんには、とてもそのマージの所まで行けやしない。それよりか、自分の手品《てじな》の術をせいぜいみがきなさるがよい」
 そして旅人は行ってしまいました。
 ハムーチャは後に一人残って、じっと考え込みました。――こんな手品なんか使っていたって 一生[#「使っていたって 一生」はママ]つまらなく終わるだけのものだ。それよりはいっそ、その不思議なマージをたずねていってみよう。途中で死んだってかまうものか。もし運よく向こうへ行けて どんな物でも[#「行けて どんな物でも」はママ]煙にしてしまうという術を授《さず》かったら、それこそ素敵《すてき》だ。世間《せけん》の者はどんなにびっくりすることだろう。
 ハムーチャは命がけの決心をしました。マージをたずねて北へ北へとやって行きました。途中でも村や町で手品を使って、もらったお金を旅費にして、酒もあまり飲まないことにいたしました。

      二

 北の方へ進むにしたがって、マージの噂《うわさ》は次第《しだい》に高くなってきました。けれど、マージがどこに住んでいるかは、誰も知ってる者がいませんでした。でもハムーチャは一生懸命でした。幾月もかかって、まっすぐに北の方を指して旅を続けました。野を越え山を越えて進みました。しまいには、人里遠く離れた深山《しんざん》に迷い込んでしまいました。それでもハムーチャは後に引返しませんでした。木や草の実を食ったり、谷川の水を飲んだりして、進んで行きました。獅子《しし》の森や、毒蛇《どくじゃ》の谷や、鷲《わし》の山や、いろんな恐ろしい所を通りぬけました。次には闇の森がひかえていました。鼻をつままれても
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