見せて、鈍感に、気長に、悠然と、いつまでも、恐らく夜通し、じっとのさばっている。生餌《いきえ》を食うその貪慾さも、自分自身の映像に怯える神経衰弱さに比ぶれば、自然そのものの神性に近い。茲に於ては、恐るることは智慧の初めでなく、馴れ親しむことが智慧の初めであろう。
晩になると、守宮は大抵出てくる。独身者の私に遠慮してか、一匹きりなのである。そのために、夜通し、書斎の一部は雨戸も閉めらるることがなく、細い灯火がつけられて、何の錠もない硝子戸のままである。不用心だとするならば、守宮が守護してくれるであろうか。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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