守宮
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)守宮《やもり》
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私の二階の書斎は、二方硝子戸になっているが、その硝子戸の或る場所に、夜になると、一匹の守宮《やもり》が出て来る。それが丁度、私の真正面に当る。硝子戸から二尺ばかり距てて机が据えてあり、机の上に電気スタンドが置かれているので、夜の光をしたしんで飛んでくる虫は、大抵、真正面の硝子戸に集り、その虫を捕獲に来る守宮も、随って、真正面のところに姿を現わすことになる。
十センチほどの、年経た大きな守宮である。硝子戸の向側にとまっているので、私はその腹部から眺めるわけである。背中は褐色斑紋のある暗灰色の筈だが、腹部なので灰白色であり、既に多くの虫を呑んだと見えて、でっぷり脹らんで、時々大きく息をしている。四本の短い小さい足の五本の指を拡げて、指先の円い扁平なところで、ぴたりと硝子にくっついている。
紙切ナイフの先で、硝子のこちら側を、軽く撫でたり叩いたりしたくらいでは、彼はびくともしない。呑気なのか、大胆なのか、恐らく鈍感なのであろう。然し、少し大きめの蛾か昆虫かが来れば、それにじっと狙い
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