と、うっとりとした快いものだそうではございませんか。
 わたくしどもにも罪があるような気が致します。それはそれとしまして、清さんも変ったひとでした。物事をはきはき言う代りに、中心の肝要なことはすべてぼかしてしまったのですもの。肝要なこととそうでないこととの、区別がつかなかったかとさえ思われます。それからまた、嘗て恋人がほんとにあったとしますれば、その恋人への思慕、雪中登山の書物、それとはまた別種の、仏教の雰囲気、旦那さまという古めかしい観念、また別に、穢れを知らぬ素直な気質、孤独への趣味、数え立てればいくらもありますが、それらのものが、一つの精神の中にどうして同居することが出来たのでしょうか。頭のよい子だったと申しましたが、考えてみれば、全体の統一はなかったようです。このようなのが、この節の若い娘の常態でございましょうか。わたくしにはさっぱり訳が分りかねます。
 あのひとの遺骨が、むっつりした兄さんに抱かれて、郷里へ帰ります折、わたくしの心にふっと、伝統の色の濃い陰気な農家が浮んできました。と同時に、ひどく淋しい悲しい気が致しました。いえ、わたくしのためにではありません。あのひとのためにです。そしてわたくしは思わず涙をこぼしました。その涙を、あのひとへの心からの手向けと致しとう存じます。



底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
   1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「小説公園」
   1951(昭和26)年7月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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