のではあるまいね。
――安心し給え。僕には死ぬというような意志や決心は持てないのだ。然し、自然の死は致し方がない。
――反撥しようという気はないのか。
――何に対してだ。僕は自然を尊ぶ。反撥によって自然を歪めたくはない。
――自然に逃げこむのは卑怯だろう。
――或はそうかも知れない。人生は人為だからね。然し、いろいろなことに面倒くさくなると、純粋な自然というものが考えられてくる。
――それは意志の喪失だ。
――僕にとって大切なのは、意力より感性だ。
――禽獣になれ。
――よりも、赤ん坊になりたい。
そこで彼は、非常に微妙な笑みを浮べた。私はそれに見覚えがあった。一時間も二時間も寝そべって、空の雲を見てる時、庭の蟻を見てる時、遠い昔の夢をでも思い出したらしい時、彼が無心にもらす微笑だった。また、ふくらんだ紙入を懐にした時の微笑だった。そんな時彼は、実用的なものよりも、不用なものを多く買った。或る時彼は、高さ一丈余の大きな自然石――見様によっては狸が立ったようにも見える得体の知れぬ石を、しきりに買いたがったことがある。何にするのかときくと、やはりこの微笑をもらした。私は
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