ない、というのが真実らしかった。
 高木の後援で、菊ちゃん――山本菊子が、ムラサキの店を経営することになった。これは若いけれど、近代的な朗かな性質で、好人物の高木にはいい相手だ。そして店の名もサロン・キクと改めて、洋酒を主とする方針に変った。
「どうも、ムラサキなんて名前はいかんね。やはりサロン何とかがいい。」
 高木はそう言って、にこにこ笑いながら、ウイスキーのグラスをなめた。おひと好しの彼がそんなことを言うのを、私は感慨深く聞いた。現代的なおひと好しとでも言おうか、菊ちゃんと彼との間は、どう見ても怪しい関係はなく、将来とも清らかにゆくだろう。現代的なおひと好しに打ち負けてしまったムラサキのマダムの面影が、私の眼には悲しく見えてくる。
底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
   1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「読売評論」
   1950(昭和25)年3月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年12月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空 
前へ 
次へ 
全23ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング