敏子さんは面喰った気持で、散らかってる紙幣をぼんやり眺めていた。そこへ看護婦がはいって来た。敏子さんは顔を真赤にして、紙幣をかき集めた。
「あら、どうなさいましたの。」
不用意に発した言葉に看護婦も自分でまごついて、室の隅っこへ行って坐った。
吉岡は一言も発しなかった。何か一心に考え込んでるらしい眼付で、じっと天井を睥め続けていた。暫くたって敏子さんが言葉をかけても、眉根一つ動かさなかった。病気が悪くなってから、彼のそういう執拗な不機嫌さに馴れていたので、敏子さんは強いて問題に触れないことにして、金を納めた洋封筒を帯の間に差入れた。
それから三十分とたたないうちに、吉岡の蒼白い頬にぽっと赤味がさして、額に汗がにじんできた。看護婦が調べてみると、熱が高まって脈搏も多くなっていた。
「何かひどく興奮なすってるようでございますが……。」
小声で看護婦からそう囁かれて、探るような眼付で見られると、敏子さんは訳の分らない狼狽を覚えた。腸に新たな障害を来してるので、大切な時期にさしかかってると、主治医から警告された矢先なので、猶更敏子さんは落付けなかった。
「何か気に障ることがありまし
前へ
次へ
全42ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング