腕で暮してゆけるようになってる、というその感謝の意を、あの八百円で病床の吉岡に知らしたかったのだ。僕のやり方もまずかったには違いないけれど、あんな風に誤解されようとは、夢にも思わなかったことだ。」
河野としてはそれが本当の所だろう。然し吉岡の方にだって、単に誤解というだけでは片付けられない、もっと複雑な気持が働いてたに違いない。
が、こんな風に説明したり註釈したのではきりがない。じかに事件だけを物語ることとしよう。裏面にいろんな事情や感情が絡んでいたかも知れないし、話の正鵠を失することがあるかも知れないが、私としてはただ、眼に触れ耳に触れたことだけを、そのまま物語るの外はない。考えてみれば、変な話ではあるが……。
一
河野が八百円はいっている洋封筒を懐にして訪れた時、吉岡はわりに元気な平静な気分でいた。今日は朝から血痰が一度も出ないし、熱もないようだから、よかったらゆっくり話していってくれ給え、などと云って、人なつっこい笑顔で河野を迎えた。河野は意外な気がした。その離れの十畳の病室へ通される前に、彼は敏子さんから注意されたのだった。
「余りよくないようでございます
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