がら、彼は、時々額に手をあてて、記憶を呼び起そうとしてるようだった。
 チェッと俺は舌打ちした。そして彼の側に寄っていった。彼の憂欝な表情がどうもはっきり腑に落ちないし、第一気にくわないのだ。
 第一頁の最初に、一〇〇〇〇という数字が記入してある。これが彼の財産のそもそもの根源で、そしてこれだけは、俺の与り知らないところだったし、また彼の豪いところだといってもいい。
 彼の父が亡くなった後、彼と中学時代からの親友の室井がやって来て、どれくらい遺産があるかと尋ねた。だが遺産というほどのものはなかった。住宅、隣りの貸家一軒、母と彼との名義の貯金少々、他に時価二万円ばかりの株券及び公債、それで全部だった。然し、それで結構だ、と室井は云うのだった。そして五千円ばかりの担保物件を貸せといい出した。少しまとまった金の入用が出来て、五千円ばかり不足だから、銀行からそれだけ借りるための担保を融通してくれ、三年間の期限だ、二倍か三倍にして返してやろう、もし返せなかったら、君自身の力でそれくらいな担保は受戻せるだろうし、それも出来なかったら、遺産が少なかったと思って、諦めればいい……まあざっとそういう話だ
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