らないんですか。あなたが、なぜそんなことをしなけりゃならないんですか。……これは、子供じみた、ばかげた、下らない思想です。けれど、そういう思想のために、人間が嫌になり、世の中が嫌になったとしたら、どうです。そして何かしらがーんとぶつかるもの……抵抗、そう抵抗です、それを求めて、酒をのんだり……芸者をくどいたり、デパートの売子《うりこ》を誘惑したり、そんなことをする男があったら、どう思います。而も……抵抗、そんなものがどこにあります。女は大抵売笑掃であり、男は大抵犬みたいな眼付をしていて、何事も金で解決出来るとしたら、どうなります。そして家に引込んで、何もかも嫌になって、始終うとうと居睡りをしてるとしたら、どうなんです。……私はそんな男です。あなたは軽蔑しませんか。しないというのは嘘です。軽蔑するでしょう。」
 坂田は立止って、じっと敏子の方を眺めた。眼の光がへんにうすらいで、本当に見てるのかどうか分らない工合だった。敏子はかるく身震いをした。坂田はまた歩きだした。
「ところが、そんなのが、幸福……幸運というもののせいだったら、どうでしょう。中津君はすっかり相場で外れたが、私はすっかりあ
前へ 次へ
全30ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング