った。坂田は承諾して、公債を担保に融通してやった。すると三年後に、三倍の一万五千円ほど室井は持ってきた。万事うまくいったと笑っていた。そして彼自身は、可なりの金を懐にして、ぷいと満州に行ってしまった。信用のおけるようなまたおけないような快男子だ。――だが彼のことについては話が別になる。
坂田は、銀行から担保の公債を受戻し、残りの一万円をそっくり相場に投じた。全く、拾ったも同様な金で、全部すってしまっても構わないという肚があったので、どんなにでも強気に出られたし、運もよかった……尤も、俺がついていたためではあるが。
そこで、その帳簿の数字というのは、云わば無から湧いて出た金なのである。それを点検しながら坂田が憂欝になっていくのは、どう思っても俺の気にくわない……。俺は甘ったれた声で彼に話しかけてみた。
「どうです、愉快じゃありませんか。無から有を生ずるって、このことですよ。」
彼はちょっと眉をあげたきりで、何の返事もない。
「無から有を生じ、次に、有から有を生ずる。金儲けの秘訣はそれですよ。私が云った通りでしょう。金をためるには、他の手段によらないで、金そのものをふやさなければいけない。これは真理ですよ。うまくいきましたね。」
「うまくいきすぎてる。」
気のない返事だ。何か他のことを考えてるらしい。
「いや、そうばかりも云えませんよ。策戦がよかったんです。そら、ここを御覧なさい。随分あぶなかったじゃありませんか。売りにまわってるところを、値はずんずん上っていく、追証《おいじき》に追証と重ってきたじゃありませんか。それを三ヶ月ももちこたえたからよかったようなものの、もし短気を起すか、怖気を出すかしていたら、随分結果がちがってきたでしょう。」
「そんなことは問題じゃない。」
「では何が問題なんです。」
「必ずあたるというのが不思議だ。」
「まだそんなことを云ってるんですか。あたるのが当然じゃありませんか。天井をついたと思う時に売り、底をついたと思う時に買う、そしてそれが見当ちがいで、天井でなかったり底でなかったりすることがあっても、もちこたえるだけの余裕と胆力とさえあれば、何か大変な……革命みたいなものでも起らない限りは、株の値は時計の振子と同様ですから、やはり或る意味で、天井は天井になり、底は底になろうじゃありませんか。だからあたったことになる。ちっとも不思議じ
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