的な態度にも似ず、いきなりそう尋ねかけてきた。
吉村は笑みを浮べ、「おやじ」一篇の印象を頭の中に模索しながら、ありのまま答えた。
「大体面白いが、拵えごとが多すぎるようだね。」
「へえ、分りますか。」
「推察だよ。例えば、あの終りの方の、空のビール瓶のところなんか。」
「あれは、実際にあったことです。」
「そうかも知れないが、あの作品のなかでは、拵えごとに、或は借りものに、なってるようだね。」
「それはそうです。しめくくりがつかなかったから、ちょっと、借りてきたんです。」
「作品のなかで、それがばれちゃあいかんね。」
「分りました。それから外には……。」
「外には……そうだね、あのおやじさんの、道徳というか、思想というか、要約されてるところなんか……。」
「ああ、あれは私の思想を、ちょっとぼかしたんです。」
「君の思想だって……。」
「そうです。」
そして李が語るところに依れば、あの飲み屋は、彼がちょいちょい立寄るおでん屋を潤色したものらしく、「おやじ」とも面識があり、殊にその息子とは懇意にしている。親子ともに或る大きな印刷会社の植字工で、両者の関係もあの通りであって、李はその父子の立場に特殊な興味を持ち、あのような思想を以て息子を励ましている。なお底をわって云えば、父親が息子を指導するのは普通のことであるが、酒飲みで仕様のない父親を息子が労わり、自分の労苦で父親の飲み代を補助し、ああいう思想で逆に父親を指導するということは、愉快ではないかと云うのだった。
「どういうことがあっても、例えば、大地震があっても、息子が戦争に出るようなことがあっても、あの酒飲みの父親と勤勉な息子と、二人とも、あれで救われるのではないでしょうか。」
言葉は率直で顔はにこにこしてる李の様子を、吉村は煙草の煙ごしに眺めながら、「おやじ」一篇に対する自分の読みの浅さに虚を衝かれた心地がした。だが、何かまだしっくりしないものがあった。
「そう、君の作意はよく分る。だが、それにしては、全体の何だか古めかしい感じは、どうしたんだろうね。」
「それなんです。私にも分らないのは。」
そして彼は、植字工の父親に銘仙の着物をきせたり、同職の息子を、ずっと年若くして律儀な商店員にしたりしたことが、自分でもひどく嫌だったと告白した。
「つまり、小説を書こうとしたんだね。」
「そうかも知れません。先生が小説
前へ
次へ
全11ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング