砂漠の情熱
豊島与志雄

 バルザックは「砂漠の情熱」という短篇のなかで、砂漠をさ迷う一兵士が一頭の雌豹に出逢い、生命を賭したふざけ方をしながら数日過すことを、描いている。描いているというよりも寧ろ、恐らくは何か聞きかじった話を元にして、いろいろ空想している。――それは砂漠のなかに於ける情熱であって、砂漠それ自体の情熱ではない。
 ところで、砂漠それ自体の情熱というものも、想像されないことはない。そしてつまりそれは、砂漠的精神の情熱ということになる。
 話はちょっと飛ぶが、後楽園のスタジアムはあまり恵まれた場所ではない。後楽園の深い木立は後方は隠れて見えず、前方は省線電車の高架、それから雑多な建物。スタジアムの内部は芝生の色も褪せ、風吹けば黄塵が渦巻く。だが、不思議なことに、天気の日には殆ど常に、前方の空中を或は高く或は低く、二羽か三羽かの鳶がゆったりと舞っている。野球観戦に疲れた眼をあげて、その鳶の飛翔を眺める楽しみを、多くの観客は体験していることであろう。――これを逆に云えば、鳶の見えない後楽園スタジアムは佗しい。
 このイメージを発展さして、そして考えてみるに、鳶の見えない後楽園
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