してしまった。
「それごらんな仏様の罰があたったんだ。」
「なに、仏様の罰だって……。あたるならあたってみろ。どこからでもあたってみろ。」
 私は驚いて、台所から雑巾を持って来た。が母はそれをひったくって、自分で畳を拭いた。それから銚子の酒を代えたりした。
「うむ、慾張りめ、八百円がそんなに有難えか。」
 父はまだむしゃくしゃしてるらしかった。が母はやはり落付き払っていた。
「ええ、どうせそうだろうよ。わたしはこれでもね、自分の息子を殺されて、その涙金の二百円ぽっちりの金を、お辞儀をして貰ってきやしないよ。」
「何だと、誰がお辞儀をした。さあ云ってみねえ、誰がお辞儀をした。」
 然し父はもう酔っ払って、お辞儀みたいに頭をふらふらやっていた。それをきょとんと振立てて、私をじっと眺めた。
「おや、とんちきな真面目くさった顔をしてるじゃねえか。うむそうか、お前は豪い者になるんだったな。何でもいいから豪い者になれよ、いつまでも、世の中に用が無くならねえようにな。俺のようになっちゃあ、もう駄目だぜ。駄目ってこたあ、世の中に用がなくなるってことだ。」
 父はもう舌がよく廻らないのを、一生懸命に云い
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