たりしちゃ。壁にでも……屋根にでも……投るものよ。いいからいらっしゃい。」
 彼女がほんのちょっちょっと指先で手招きしたので、私は何のことだか分らなかったが、やはり顔をふくらましたまま近づいていった。
「なあに。」
 彼女の方からそう尋ねかけて、私の顔をじっと見入ってきたので、私はなおまごついてしまった。
「どうしたの。」
 そこで私は咄嗟に思いついて云ってやった。
「風船玉……。」
「あ、あれ。忘れちゃった。こんど買ってきてあげるわ。……でも、あんた誰から石を投ることを教わったの。」
「教わらなくたって、石くらい放れるよ。」
「え。」
「放ってみせようか。あの木だって越せるよ。」
「そう……。」
 曖昧な返辞をしておいて、それからふいに彼女はあはははと笑い出した。こないだのとはまるで違った、男のような笑い方だった。
「あっちから廻っていらっしゃいよ。誰もいないわ。」
 私が一足も動かないうちに、障子はもう閉っていた。
 私は木戸を押し開けて、縁側の方に廻った。
「何をぐずぐずしてるの。」
 私は思いきって上っていった。
 彼女は顔の化粧を直してるところだった。後ろ向きになって、私の方
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