その時刑務所の門の前で七八人の知人に取巻かれた彼の顔が、あの時火鉢の前に坐ってた父の顔と、丁度同じような印象を私に与えた。
 一口に云えば、もうすっかり精根つきながら、きょとんとした眼の底から、興奮してぴくぴく躍ってる魂が覗き出してる、というような顔付だった。額や頬骨のあたりの皮膚が硬ばってかさかさになっていた。
 台所から母がやって来て、二人で何かごちゃごちゃ話し出した。私は室の隅に縮こまっていたので、二人の話をよく聞きもしなかったし、またはっきり覚えてもいないが、八百円という言葉が何度もくり返されてるようだった。――今になって考えると、それは父が退職手当に貰った金高だったらしい。父は私が生れる遙に以前から、まだ母と一緒にならない前からずっとその時まで三十年間砲兵工廠に勤めて、五十歳になったので、八百円で逐っ払われたのだ。
 三十分ばかりして、父は何処へか出て行った。私と妹と母と三人で食事をした。
 母は[#「 母は」は底本では「母は」]何かしら興奮してるようだった。しょぼしょぼした眼をいつもより大きく見開いて、妹が御飯粒や醤油《おしたじ》を少しでもこぼすと、すぐにがみがみ叱りつけた
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